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枕の上で夢に溺れて

極上の寝具で眠りたい

行き交う人々の生活の切れ端

 ぼくらは、働いたり、休んだり、休んだりしながら生きている。

 

 そんな中ぼくは、友達に会うために東京へ向かおうとしていた。外は激しく雨が降っていた。その様子を眺めている時点で、えらい気が滅入っていた。これほど気が重いことがあるんだなと自らに幻滅してしまうような気持ちにもなった。

 やっぱり今日はやめとこうかな、なんてうっかり思うような瞬間もあったけれど、会いたい人に会うために、どうにか重い腰をあげた。

 

 家にいてもすることがなかったから早めに出発したのだけれど、あまりにも無計画すぎてどこにも行く宛てがなく、人混みの中で呆然と立ち尽くしていた。こんなことだったら家でぼんやりしていた方が良かったじゃないかと後悔もした。

 

 人が大勢行き交い狭苦しくなっている駅前で、何をするでもなくぼんやりとして過ごしていた。そんなしょうもないことをしていると、いよいよ考え事にふけるようになっていき、嫌でも視界に入ってくる行き交う人々へ目がいくようになる。

 

 ここを行き交うひとりひとりに、帰る家があって、仕事や学校があって、友達がいて恋人がいて、親や家族がいる。それぞれに昨日があって今日があって、明日がある。そんな20年や30年、40年や60年の「小さな歴史」が行き交っているのだ。

 ぼくが知らない数十年分の中のほんの数秒間を、そういう長い生活の切れ端を、何百通りもいまこうして眺めている。ここにいるすべての人間の昨日をぼくは知らない。「このあと居酒屋どっすか」と声をかけてきたいけ好かないキャッチ男の「生活」について、ぼくはなにひとつ知らないのだ。

 

 いま目の前にいるハンサムな男だって、実は自宅のガスや水道を止められているかもしれないし、先ほどすれ違った背の高い美女だって、彼氏に昨日ひどいフラれ方をしたばかりかもしれない。

 一見そつなく生活しているように見えて、みんな朝が辛かったり、気に食わない奴に腹を立てたり、衣替えのタイミングを誤ったり、1Dayのコンタクトを3日ぐらい無理して使ってみたり、月末に襲いくる通信制限と戦ったりしているのだろう。

 

 この人の群れは、約70億人分のたった数百人でしかないのに、この世の人間が今ここに全員集合しているんじゃないか、という気分にさえなってしまう。本当に、ちっぽけだよな、人ひとりなんてさ。この世界にとって、あんまりにも小さい存在だよ。それなのに、えらい尊いものに見えた。

 

 そうこうしているうちに、いつの間にか目的の集合時間になっていて、呼びかけるような声につられてふと顔をあげると、見慣れた顔がそこにはあった。