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枕の上で夢に溺れて

極上の寝具で眠りたい

それなのに、それでいい

 

 誕生日を迎え、ひとつ年をとってから、はや1ヶ月が経とうとしている。

 

 自分にとって「誕生日」というものは、昔に比べてなんだか難しいものになってしまったように思う。気づかぬうちに距離が生まれていたような、以前はえらい仲が良かった兄弟の間に成長と共に生じ始めたなんとも言えない気まずさやもどかしさのような感覚によく似ている。

 

 年をとって何がどう変わったかというと、自分自身のことなんて、それこそ大して変わってない。時の流れと同時に物事だけが変化していて、そのことに時々気付かされて、取り留めのない感情に溺れそうになるものだ。

 

 先日、誕生日について話をしているときに、相手が「あるスポーツ選手は10代のうちに五輪に出場し世界の強豪と競い合っていて、それ以外の分野でも自分よりも年下が多く活躍してて…そんな姿を見て『それなのに私は…』って、思うことがよくある」なんてことを言っていたのをよく覚えている。

 

  そのとき自分がどんな返答をしたのかさえよく覚えていないぐらい、その場ではろくに掘り下げることなく、なし崩し的にこの話題を終えてしまったような気がするけど、その一言がどうにも頭から離れなくなってしまっていた。

 

 分からない話でもない。そんな感情になったことは自分にも少なからずある。たとえば、気に入った作家の作品一覧などを見ているときに、発表年などから年齢を逆算し「この人は何歳にはもうこの作品を世に発表してたのか」なんて思ってしまい、メランコリックな気分になってしまうなんてことは、一度でも経験したことだ。

 

  以前から自分は「よそはよそ、うちはうち。」という考え方をもっているつもりでいる。それでも「この人はこの年齢でこうだったのに」なんて感情を持ってしまうことが少なからずあるということは、そういった「よそはよそ」なんて考え方は結局上辺だけであって、心の底ではよそばかり気にしてしまっているのではないだろうか。

 

 そういう側面も無きにしもあらずであるだろうが、そればかりではないだろう。こういった感情を持つ人の多くは、きっと心の何処かで「それに値する能力を秘めているかもしれない」「自分自身にはまだ活かしきれてない能力が眠っているんだ」と思っているが故に、能力を活かせている人間に対して「なのに私は」と思ってしまうのだろう。

 

 仮にそうだとして、その感情が表に出てくることがあまりないのは、やはり「慢心」と思われることへの恐怖心や、それらに対する「防衛本能」がそうさせているのだろう。もろちん「その感情に対して自覚的になっていないため」もあるだろうが、たとえ自覚的であっても、それを表に出している人はあまり多くはないだろう。

 

 誰しも「自分が何より大事」なのだ。それに他意はない。できれば傷付きたくないし、嫌な思いなんてしたくない。どんなヤツであろうと、きっとそうだろう。だから人は、自らを守る。あまり自惚れたことは言わないようにする。そうすることで敵も減るだろうし、必要以上の攻撃を受けなくなる。

 

 それもひとつの方法だろう。ただ、その過程で「そんな能力は自分にはない」などと言い聞かせることで、それを自覚させるような「その感情を殺す」ことで制御するなんてのは、正直言って、よくないことだと思う。

 

 「自己肯定」という言葉がある。自らの存在を肯定してやる、自分自身を受け入れてやるというものだ。人によって個人差はあれど、そう簡単なものでないのがこの「自己肯定」というものだ。

 

 世の中に見られる卑屈な感情の大半がこの「自己肯定能力の欠如」に該当するものであると思っている。「私はだめだ」「私なんてどうせ」なんて感情は、自らを受け入れることができていないとき、自己を肯定できず否定してしまっているときに生まれやすい感情だろう。

 

 今回のケースも「私にはそんな能力なんてないんだから」「どうせ私はこの程度」なんて「否定」することで感情を打ち消すのではなく「私は心の何処かでそういった考えを持っている人なんだ」「もっとそれを活かす方法があるかもしれない」と、肯定してやるべきだ。

 

 「自己とどう向き合うか」は、人生において非常に重要な要素だ。「他人とのどうこう」なんてものは、その先にある。自己の肯定は、他己・他人への肯定にも繋がる。自分を受け入れ、自分を信じてやれていない状態で、他人を信じ受け入れるなんてのは、そう簡単じゃない。

 

 あぁ…思い出した。

 その話をされたとき、僕は「それでいいんじゃないの」と答えたんだった。

 

 そうだ、それでいいんだ。

 

 よそはよそ、うちはうち。他人はしょせん他人。今の自分を受け入れてやる。もし相手と比べて劣ってるところが見えてしまってるなら、優れてるとこのひとつでも見つけてみればいい。これもそう簡単じゃないかもしれないけど。

 

 これでいいのだ。